1655年手足がないジョージ

足元を見ようとしたら、
足がなかった!
チェック柄のズボンの下が折りたたまれて、体の下に入っている。
正座しているなら腿が見えるだろう。
それもない。
手を、と思うと手もない。
鳥の手羽先みたいな形の、丸い棒になっている腕先が見えるだけだ。
私は、先天性四肢切断らしい。
驚いたことで体のバランスが崩れて、下に落ちた。
ベッドの上に座って(立って?)いたらしい。
どすん、と大きな音がした。
あわててどうにかベッドによじ登った。
すると、階下から母の声がした。
「ジョージ?!どうしたの?!!」
あわてたような声であった。
「なんでもないよー、本を落としただけ!」
と返した。
年代を聞くと1655年という答えだった。
 
四肢がないので(正確に言えば極小なので)
生活にはかなり不自由したようだ。
トイレで失敗し、頭から汚物をかぶったりしていた。
本を読むときは、足でページを押さえ、物凄い猫背になって舐めるように読んだ。
外に出るとき、乳母車のようなものに乗せてもらって移動したりしていた。
一応、自分でも動くことは出来たが、靴が履けない。
クッションを付けたズボンみたいなものを作ってもらったが、
それもすぐ擦り切れた。
時々外を歩いたようだが、雨の日はどうしても駄目だった。
道が舗装されていないので全身が泥だらけになる上に、傘が持てない。
学校に行ったかどうかはわからない。
 
私はやがて、メアリーという女性と結婚した。
茶色い髪の芯のしっかりした、かわいらしい女性だ。
彼女は健常者だ。
教会で結婚式を挙げた。
そのとき、参列者の中から「死ねばいいのに」という声が聞こえた。
おそらくメアリーの親族のものではないかと思った。
 
結婚式のときのことや、家族、メアリーとの結婚などを通して、
周りのためにも自分は幸せでなくてはならない、と思った。
自分が幸せであることが恩返しだ。復讐だと。
 
メアリーに乳母車に乗せてもらって、
誇らしげにしている記念写真を撮ったような覚えがある。
また、彼女との間に、子供が一人出来たような感覚がある。
詳細については覚えていないが、子供は健常者であったと思う。
 
結婚に前後して、私は物語を作るようになったようだ。
腕にはめる専用のホルダーを使うか口にペンを銜えて、字を書くこともできたが、
殆どがメアリーの口述筆記で作成された。
それなりに、収入を得ることもできるようになったらしい。
出版社の男は私と同世代で、家まで来てくれた。
彼は私と友人となり、私の人間性を認めてくれたようだ。
しかし月日がたち、彼はメアリーに好意を持つようになった。
二人、浮気をしていることを自分の目で見てしまった。
私はメアリーに見捨てられることが恐ろしいのと
自分が彼女に不満を言えない立場だと思って、何も言えなかった。
 
あるとき、私は井戸を覗いていた。
下を覗き過ぎたとき、私はバランスを崩し重心が前に傾いた。
あっ、と思ったときはもう遅く、私は井戸に落ちた。
頭を割って、死んだ。
 
事故ではあるが、どこかしらこうなることを望んで
井戸を覗き込んだような感じがあった。
ジョージからすれば、これは自殺だろう。
自分の居場所を見失い、魔が差したのかもしれない。
 
 
そういえば、大学に入るぐらいまでずっと、私は
右手がなくなったときのためにと、左手を使う練習をしたり
夏休みなどで家に居て、誰も居ないとき片足を上げて半日生活してみたり
足の指でペンを持って字を書く練習していたのを思い出した。
幸い、これらの練習は今のところ意味がないものになっている。
こうしたことはもしかしたら、ジョージの影響なのではと思った。