女王の侍女

足元を見る前に、紺色のベルベット生地に金の蔓模様が刺繍された布が
白馬の腹に掛かっているものが見えた。
目の前に馬が居て、誰かが乗っているのだ。
はっとして見上げると、威厳のある女性が私を見下ろし、
「さあ、付いて来なさい」
と言って物凄い蹄の音をさせて(ドカッとか)、行ってしまった。
私はあわてて茶色い馬に乗り、彼女を追いかけた。
私は彼女を女王と呼んでいた。
馬には、跨る形ではなく、女王も私も横乗り(?)していた。
私の名前は吃音が入った四文字で、カッツェだったか。
度々女王に名前を呼ばれた。
カッツェはドイツ語で猫の意味だから、あだ名だったかも知れない。
 
私は普段、紺色のパンプスを履いて、
紺色をベースに白をアクセントにしたドレスを着て
女王付きの仕事をしていたようだ。
馬に乗っていたときの女王はおそらく20歳ぐらい。
私も同じぐらいの年で、
16歳ぐらいのときからずっと仕事をしているようだった。
こげ茶色の髪を結い上げていた。
 
女王の傍に侍っているとき、
「あなたには、もっと他に仕事があるのよ。もっと考えて」
「あなたには才能があるのだから、生かしなさい」
というような事を度々言われた。
本当は多分、侍女として以上の仕事をすることを求められていたのだろう。
私は常に女王に付いていたが、他にも沢山侍女は居り、
そういった人々を統括していたような印象がある。
初めは何のことかわからなくて、
女王が朝、顔を洗うための洗面器を水のものとお湯のものを二つ用意して
持って行ったり、気遣いをして仕事をしたりしていた。
「ありがたいけど、そういうことじゃない」
と女王も言っていた。
政治などの補佐の仕事が出来るようになりなさい、ということだったのかもしれないが
私自身はそういった世界に入るのが怖くて、女王の真意が解らない振りをしていたようだ。ばれてたみたいだけど/笑。
おそらく、女王は私を信頼して下さっていて、女王の仕事全てにわたってアドバイザになってくれるような人間に成長して欲しいと思っていたのかもしれない。
 
女王の傍から離れたとき、突然柱の陰に隠れていた男が目の前に現れた。
驚いている私に、彼は
「女王はいらっしゃるか?」
と私に詰め寄った。私を通して、秘密裏に会いたいようだった。
彼は、伯爵の地位にある男性だった。
もちろん私も彼も、女王が居るのは当然に知っていた。
会わせるわけには行かない、と思ったので、女王の愛人などではないだろう。
私は「女王はいらっしゃいません」と堂々として言った。
彼は突然、ドレスの上から私の股間に触ろうとしながらニヤニヤし、
「侍女が、私に(伯爵の身分のものに)そんな対応をしていいのか?」
と言った。
お前なんてどうにでも出来るんだぞ、といった顔をしていた。
はっとして私は下がろうとしたが、後ろが壁だ。
私は、女王をお守りしなくてはという思いと失礼さに憤怒し、肌が粟立った。
「誰か!」と私は人を呼びつける声で叫んだ。恐怖はなかった。
するとすぐに、衛兵か何かの男と他の侍女たちがやってきた。
「どうされたのですか?」と言いながら、周りに2,3人が集まった。
伯爵は一瞬硬直し、私に侮蔑の意思をこめ一瞥した。
「伯爵は探し物をしておいでです。お手伝いして差し上げて」と私は言った。
伯爵は「いや、もう・・・」と言い、諦めたよ、と言うような顔をした。
私は他の人たちに「後は任せます。失礼します、ごきげんよう伯爵」と言ってお辞儀をし下がった。
こんなことは時々あったようだった。
 
私はその後、誰か地位のある人のところにお嫁に行ったようだ。
女王の口利きで、良い人のところに行ったようだ。
しかし、女王のことが気になって気になって、仕方なかった。
 
場面が変わり、私はベッドに寝ていた。
私はもう死ぬところだ、というのが判った。
病気かなにかで死ぬようで、結構若かったようだ。
傍に、金髪でおかっぱの5,6歳の男の子が
「おかあさま、しんじゃうの・・・」と不安そうに私に尋ねた。
私は返事をせず、微笑んで彼のあごを撫でた。
奥に、夫らしき人が困った顔で立っていた。
私の足元には、女王がいた。お忍びで駆けつけて下さったらしい。
とても嬉しかった。
女王は、
「あなたにはまだ仕事があるのですよ!元気になってまた私の傍で仕事をしなくてはならないのですよ」
「こんなところで寝てばかりいては駄目よ!」
と仰って下さった。
女王は涙の後があった。彼女も、もう私は死ぬのだということを本当は判っていた。
部屋の奥に、私が死ぬ時を待っている迎えの人がいた。
その人は殆ど黒に見える藍色のマントを着た、金髪の16,7歳の人に見えた。
緑色の目で、まっすぐに私を見ていたが、他の人には見えない様子だった。
あれは天使かもしれない、と思いながら私は見ていた。
「私の傍から居なくなっては駄目です」
と女王は何度も言ってくれた。
私は、「ああ、女王は友人だと思ってくださっているんだ、私が思っていたように」と悟った。
女王に、私は「どうか、泣かないで、エリザベス・・・」
と言った。
言った瞬間に、私は自分の体から出て、17〜20歳ぐらいの姿に戻った。
寝巻きを着ていて髪を一本の三つ編みにしていた。
私を見ていた金髪の青年に左手を引かれた。
みんなを振り返ったが、誰も私の方を見ていなかった。
ごめんね、と思った。
私は死んだようだ。