1853年、変人の妻

足元を見ると、1cm幅ぐらいの革の帯でぐるぐる巻きになるようなデザインのサンダルを履いていた。
私は映画「ロミオとジュリエット」(オリビア・ハッセーが出演してるやつ)でのジュリエットのような服を着ている。
川原に立っていて、左側にアルルの跳ね橋にそっくりの橋がある。
欧州のどこかかアメリカだろう。
年代は、1853年だという。
私は、草の生えた川の縁に四つん這いになるような形で体を支え、
顔を直接水面に着けて水を飲んでいる(もしくは飲もうとしている)。
 
すると、右側に近所のおばさんが居て
「あなたも、大変よねえ」
というようなことを言われた。
彼女は私のような格好ではなく、ロングスカートにブラウス、エプロンに髪をおさえる三角巾といった出で立ちだ。彼女の格好のほうが、普通らしい。
すると、後ろから男性の声がして私の右肩に手を置き、
「エリザベス!そんなことをしていては、水に落ちてしまうよ!マダム」
と、ちょっと芝居がかった感じで言われた。
その男は太っても痩せても居ないし、顔が特別悪いわけでもない。人間の造詣は普通だ。
しかし、その格好をみて、私はげんなりした。
彼は羽のついたベレー帽を被っており、ロミオみたいな格好をしている。
この人が、私の夫だ。
そして私の名前は、エリザベスではない。
 
今度は、私は板に張りつけにされていた。
服はワンピースのネグリジェだ(大草原の小さな家とかに出ていた寝間着)。
命の危険は感じていないが、物凄い嫌悪感で「下ろしてー」と言って泣きそうだ。
馬車の車輪を半分に割って、中心を取ったようなものに首をはめられ、
後ろが板であることもあって身動きが取れない。
あまりの状態に、それを見ている現代の私は「魔女裁判か?!」と思った。
すると、その拘束が解かれ、私は脱力して床に崩れた。
涙目だ。
傍で夫が、「やりすぎた・・・」と申し訳なさそうに言っているのが聞こえた。
流石に、私は「なんでこんな仕打ち、酷い」と泣いていた。
 
板に張りつけにされていたのは、お仕置きではないようだ。
夫の趣味である。
遊びが度を越してしまったのだ。
色んな服を自作しては、私と自分とで着てみて、遊ぶのが好きだったらしい。
ジュリエットの格好も、張りつけも、夫の遊びに付き合ってのことだったようだ。
進んで付き合っていると言うより、
「なんかもう、しょうがないから付き合う」と言っている感じだった。
 
私は、夜寝るとき、ベッドで手のひらを組み合わせて
「神様、どうか夫の変人が治りますように」
とお祈りしていた。
キリスト教だったようだ。
食卓でも、熱心にお祈りしているのが見えた。
家は簡素で、別に特別裕福とかいうこともなかった。
夫は、革鞄を作ったりとか、服を作ったりとかする(詳細不明)、
とにかく縫い物にかかわる職人だったらしい。
私は主婦である。
ゆえに、色んな衣装などは全て夫の手作りだった。
 
夫の変人っぷりは村では非常に有名であったらしい。
しかし、夫は全くそういうことは気にしない人だったようだ。
私が夜な夜な神様にお祈りしていることも知っていた。
 
夫はある時、家で自慢の奇抜な格好をして、私ににっこり微笑むと、
「ぼくの変なところと、
君を深く愛しているところは切り離せないんだよ。
全てがあってぼくであり、
だからこそぼくなんだよ、リリィ」
と言った。
私の名前はリリィではない。
そう言うと、
「名前に本質なんてないんだ。どんな名前であっても君が君であるから、
ぼくは君を愛しているんだよ!名前なんて記号さ」
と言っていた。
夫は、そのときの気分で私を色んな名前で呼んでいたらしい。
そして、本当に私を深く愛してくれていた様子だった。
一方で私は、わけのわからないことを言う夫を「こいつ、本当に、おかしい」と思っていた。
しかし、私も私なりに夫を愛していたようだ。
そうでなければきっと、狭い村で気にせず変人を突き通す夫とは暮らせないだろう。
しかも、その遊びにいやいやとはいえ、付き合っているのだ。
 
どこで知り合ったのかと思ったら、
教会での授業の風景が見えた。
教会が、小学校の役割をしていたようだ。
そこで私と夫は同級生だったらしい。
恋愛結婚であったようだ。
 
 
今の私が思うと、彼女は嫌だ嫌だと言いながら、夫の変人っぷりも愛していたのだと思う。
きっと彼が何の変哲もなかったら、私は一緒になろうとは思わなかっただろう。
彼の言ったように、彼のユーモアは彼の趣味からは切り離せないものだったのだ。
無意識に彼女はそれに気づいていて、
実は内心ちょっと楽しみながら、遊びに参加していたのだろう。
小さい村に住んでいたから、人の手前、自分ぐらいは根はまともであると示さなくては、
と思っていたのかもしれない。
夫はおそらく頭のいい人で、私以上に私の本心などお見通しだったであろう。
神様には「夫の変人を治してください」と言っていたが、翻訳すれば
「終生夫と、幸せに一緒に暮らせますように」というのが本心だったと思う。
今ならこんな面白い人、大歓迎なのにな〜、などと思う。
張りつけは嫌だけど・・・/汗。
自分の本心を隠すのは、やはり自分が一番上手いらしい。