尼僧トウン・ク

前世退行瞑想CDを聞いていたら
いつもより深く瞑想状態に入れない。
自分に訊くと
「今回は、見に行くから、眠らないで行くよ」
という。
確かに、眠らなかった。
 
鏡の前に立つと、
チベットなどで見られる赤い僧衣を着た少年がいる。
木でできた托鉢を持って、少し怒ったような表情でいる。
5歳ぐらいだろうか。
トウン・クという名前が頭に浮かぶ。
この少年の名前か?と思うと、
自分の手を見た。
女の手だ。
金の指輪を左手にしている。
赤いオーガンジーのようなものが視界に入る。
私はその少年に、ひれ伏してお願いをしている。
「どうかお願いでございます」
と言っている。
私は、尼になりたいのだ。
少年は、少し怒ったような顔のまま、
私の手を取って、寺院へ連れて行ってくれた。
私の名前が、トウン・クだ。
 
私は少年と同じ赤い僧衣を着て、合掌して座り、斜め下を見ている。
髪が落とされている。
男性の僧侶に、髪を剃ってもらっている。
「ああ、これでもう、私は人ではないのだ」
と思っている。
安心感と、やっと終われる、というような感じがある。
 
年配の僧が前に座って、穏やかな顔で私を見ている。
私の指導僧は、初めに会ったあの少年ということになった。
私とは、15歳以上年の差がある。
「年が下だと言っても、彼はあなたよりも修行を積んだ僧侶だ。
けれども、彼が子供だということにも変わりはない。
この二つのことがあなたを育てるだろう。
そして、初めに彼に会ったということは、縁があってのことだ。
良く覚えておきなさい」
私はそうして、寺院で修行をする身となった。
しばらくすると、私は子供の僧侶たちに勉強を教える教師の役割もするようになった。
 
授業をしているとき、人がやってきて
「トウン・クにお客様だ」
と言われて、授業を中断してその人の待つ面会所のようなところへ行った。
小さな、小奇麗な小屋のようなところだ。
焦げ茶色に磨かれた木の床と壁。
少しひんやりとしている。
中年くらいの僧が、普通の格好の男性の前に座って微笑んでいる。
私が入ると、男性の方が私の方をバッと振り返って、
しばし呆然と見つめた後
「本当にトウンなのか!」
と叫んだ。
男性は私と年が近く、水色っぽいズボンをはいていた。
長旅をしたであろう後の、疲労の浮かんだ顔をしていた。
私は、驚きと恐怖でギュッと体が縮こまるような感じがした。
私はこの男性を見て、
「ブフク・・・」
といった。
これが彼の名前のようだ。
 
ブフクは私の故郷からやってきた。
彼と私は、恋愛関係にあったようだ。
けれど、時々話したり、手を繋ぐぐらいのものだったようだ。
それでも、私の故郷では人前でするようなことではなかった。
私は、故郷では結構良い家柄の娘だったようで、教育を受けていた。
女できちんと教育を受けさせてもらっているというのは、村では非常に珍しかった。
また、その村では異常にもてたようだ。
美しかったのかもしれない。
隣の村や町からまで、嫁に欲しい、という話があったようだ。
私は「自分に誠実に」と言われて育てられた。
家柄は良かったが、金のある家に嫁に行かなくては、
実家は没落していってしまうかもしれない、という状況だった。
なにより、ブフクのこともあった。
結婚相手は決まりそうだったが、ブフクではなかったし、
誰に決めるかということは非常に難しい問題だったようだ。
私は、もう、どうしたらいいかわからなくなってしまった。
私さえいなければ、平和でいられるのにという思いに押しつぶされそうだった。
それで、逃げるようにして故郷を出て、遠い寺院で尼になったのだった。
 
ブフクと私は外に出て、岩の上に座って話をした。
「トウンはもう、死んだのではないかと大変な騒ぎになったのだ」
とブフクは言った。
いきなり消えてしまった私を探すため、山狩りが行われたりもしたらしい。
私は山の下の方を見ながら、
「私はもう、人ではないのです」
といった。
ブフクは、商売で遠いこの寺院を通りかかった者が言った、
「トウンに似た者を見た、頭を丸めていたし違う人物かもしれないが、あのような面立ちはトウン以外に見たことはない」
との話を聞いて、トウンは生きてそこに居るのかもしれないと思ったら、来ずにいられなかったと言った。
もうブッダに帰依したのだ、私は人ではない、と自分に語りかけた。
「トウンが生きていると知れば、みんな喜ぶ。
髪だって、いずれ伸びるしそのままでも前と同じように美しいよ」
とブフクは必死に語りかけてくれた。
彼は私の右手を取って、帰ろう、と何度も言った。
私は、ゆっくり首を振って「私は、もう人ではないのよ」と何度も言った。
彼がどれだけ苦労してここまで来てくれたのだろう、ということは思ったが
もう、下界へ降りて行く気持ちは全くなかった。
ブフクを見て、懐かしさと慈しみのような気持ちはあったが、
「彼は人、私は人ではない」
という思いは変わらなかった。
全ては、仏の思うままに、と祈った。
 
 
結局、一生その寺院に居たのかはわからない。
私に見せてくれたのは、どんな意味が?と思い質問したら
「私さえいなければ良かったのに、という罪悪感」
と教えてくれた。
 
それはともかくとして、
ブフクって何かよくわかんない名前だなぁ。
グフク?グフス?うーん。