江戸時代?お初

すごい久し振りに前世の話・・・。
これは昨年末に見たのだけど、
書くと、なぜかパソコンが毎度強制終了する(汗)
という恐ろしい事態を経験していたので、
書かないでいました。
まあ、もうよかろう、と思って書きます。
データ消えませんようにw
 
 
暗い夜道を、私は周りを伺いながら歩いている。
本当に、暗い。
家々はせいぜい二階建てで、
かすかな橙の灯りが、少しだけ見える。
月明かりで、どうにか私は道を行く。
胸に、布で包んだ包みを抱えている。
最近は、夜に辻斬りが出るという。
恐ろしいことだ。
店を出た時に始まった鳥肌が、全くおさまらない。
私は女で、二十歳を幾らかすぎたところだろうか。
時代は、江戸時代のようだ。
お初、と呼ばれている。
裸足に下駄をはいて、道を急いでいる。
私は薬問屋で住み込みで仕事をさせてもらっていて、
急な御用という名目で、薬を武家に届けに行くところだった。
なんでもいいから、早く着きたい!と思っている。
突き当り、左に曲がるところで、
人影が現れた。
 
驚くよりも早く、名を呼ばれた。
知っている声だ。聞いた途端に、ものすごく安心した。
「セイザブロウさま」
と、返事をすると、向こうも安堵したように深く息を吐いて、
私の肩に手を置いた。
が、直ぐに、その手を外した。
薬は、彼が私を呼ぶための口実だったようだ。
一晩、私はセイザブロウの家で過ごした。
幸せな時間だったが、こんなことは、一時のことだ。
そう思いながら、窓越しに曇り空に上る朝日を見た。
 
 
昼間の場面に変わった。
私は、寺の裏のような、漆喰の塀のそばに立っている。
目の前に、武士のような男が一人立っている。
若くて、清潔な感じの男性だ。
セイザブロウだ。
私の名を呼ぶ。
恋人同士のようだった。
彼は、全身にものすごい力を入れており、額に血管が浮かんでいる。
そして、物凄い勢いで地団駄を踏んだ。
「そんなことをしては、鼻緒が切れてしまいます」
と私が言うと、
さらに地団駄を踏み続け、
「お前との縁が切れぬのなら、鼻緒なぞいくら切れてもよい!」
と、押し殺した声で叫ぶように言った。
彼は、少し泣いていた。
それを見て、私も泣きそうになった。
私にはどうすることもできないのだ。
それは、初めからわかっていたのだ、私には。
 
 
薬屋で、表に出ないように言われ、玄関すぐそばの戸に隠れ、
私は表の声を聞いていた。
玄関から、セイザブロウの声がするのがわかる。
店の主人と話をしている。
彼が、私を欲しい、妻にしたいと言ってくれているようだった。
名目上でいいので、薬屋の養女にしてもらい、
そこから嫁を取るようにすれば、世間もいろいろ言わないだろう、
というようなことをセイザブロウが言っている。
それに対し、主人は、はっきりと拒否を見せた。
「うちのお初は、夫も子供もいるのですよ、国に」
と話していた。
「もし独り者としても、貧しい農家の出。カンザキさまのような立派な方が妻にするようなものではありません」
カンザキというのは、セイザブロウの名字らしい。
店の主人の話に、セイザブロウが、蒼白になったらしいことが戸越しでも分かった。
返事ができず、絶句する彼に、主人は色々な理由をセイザブロウに話していた。
私には、確かに国に夫と子供がいた。
けれど、もう亡くなっていた。
私はおそらく今で言う富山辺りの出で、数年前の冬に、二人とも亡くなってしまったのだった。
私はその後、どういったつてを辿ってか、この薬屋に辿り着き、働かせて貰っている現状だった。
店の主人には恩があり、彼は何の嘘も言っていないのだ。
そして、私が例えひとり者でも、セイザブロウの妻になることなどあり得ない。
初めから分かっていたのだ。
悔しかった。
涙が出た。
けれど、ここで泣くことはできない。
歯をかみしめて、こらえた。
 
セイザブロウは、風にでも押されるようにして、店を出て行った。
私たちは、もう、二人で会うことはなかった。
暫くしてから、彼はまっとうな女性を妻に娶ったようだった。