楽しくなかったら、やってられない

一昨日の晩に教授に文面の添削をお願いしておいたら
昨日の早朝に、メールで返事があった。
朝8時過ぎ。
私、そのメールで起きました(携帯電話に転送している)/笑。
 
寝ぼけた頭のまま、ぼんやり文面を見て
「あー、すげー体力」
と思った。
なにしろ、教授はその前の日は19時頃まで大学に居たようだし
家に帰ってご飯を食べて風呂に入って、朝起きてご飯を食べて大学に来る。
ついでに言うと、この時期の大学は、卒論とか修士論文でてんてこ舞いで
その間に内密に入試の準備とかしている先生とかもいてですね、
さらに学会の準備期間であることが多い上、
年度末であるので何やら色々書類を書いているはずで
バカに忙しいのです。
馬鹿になります。
私ですら馬鹿になりつつあるのに(今四つ締切保持、一つ放棄)。
しかも、教授は私に文面を大学から送った直後、出張(大学でしか使えないメアドからメール来て判明)。
私の文書の添削の合間に、ほかの学生(10人くらい)の状態もチェックしているわけで
何が起こっているんだ教授は、どんな体力なんだよ、と思ったわけです。
大学行くだけで疲れているというのに私は。
 
で、こんなハードワーク、よくやってられるよなぁと思っていたら
「楽しいんじゃないか」
という言葉がポコンと出てきた。
で、最近は朝っぱらから紙三枚だらだら書く、というのをやっているのだが(記事下記参照)
それでだらだら書いているうちに、確信に変わった。
あんなハードワーク、楽しくなかったらやってられんわ!と。
口では言わないが、楽しくてしょうがないのだな。
 
自分はどうだろう、と思うと、
調査のときとか、三日間眠らずに仕事をしたりするのだが
「大変だ大変だ、忙しいよう」
と言ったりしているが、楽しいからできていたのだ。
楽しかったんじゃん、ずっと。
まあ、大変なことに変わりはないけども。
精神は大変じゃなかったわけだ。
 
「きついばかり」というのが、とても見えやすいところにあるのだが、
これはなんでこんなところにいるの、どうしたの
と聞くと(この辺フォーカシングだな)、
「楽しい楽しい、と言っていたら、攻撃される」
というではないですか!
エエー。
 
これで、もうちょっと追いかけてみると、
楽しい楽しいと言っていると、
それは遊びだから取り上げられる
務めを果たしていないと言われて、攻撃される
という子供時代(高校くらいまで)の経験がものを言っていたのだな。
そして、仕事はきついから尊いのだ、という思想的遺伝。
まだいたか、残りものが/苦笑。
そうだよなー。
高校時代くらいまでは、楽しそうにしていたり熱中していると
尽く取り上げられたよなー。
そこをさらに追いかけると、
私が何かに熱狂的になったり熱中すると、
娘が奪われてしまう!という両親の恐れ
があったことが判明。
そうですが、怖かったんですか。
でもまあ、奪えないし、奪われないし、初めから所有はできないし。
それはこれからの学びかなぁ。
大体、距離感を間違えると人間関係っておかしくなるよな。
親って、物凄い教材だよ、と最近思ったり。
ていうか、親の学び終えられない教材を消化するために居るようなもんだからな、両親のミームとしての私は。
 
この課題、実は祖父からきているのだが、まあいいか。
そろそろ終わろうぜ。
 
 
で、
「楽しいことを熱狂的にやるの怖い怖い病」ですが
これは、もう、覚悟を決めて楽しむしかないなと。
研究とかをする上で、
私はどうも障害(ブロッキング)のようなものが沢山あるのだが 
これ、多くは上記の恐怖を味わうことをしないために、
「苦しいことがあるから、楽しいとは言えないのだ」
と言い訳するために自分の前に置いているのではないかなと。
自分で、スケートリンクに砂をまいて
砂があるから滑れない、と言っているもんじゃなかろうかと。
バカでねぇ。
しょうがないなぁ。
砂、片付けようよ。
 
でも、楽しいことって、苦労がないことじゃないよね、とも思うのです。
ゲームをしたり、バイオリン弾いたり、楽しいけど
ラクチンなだけだったら、楽しくないし。
小さな障害と共に手を取るところが楽しいのだ。
だから、障害は、とくと対話すれば、これほど面白いことはないだろう。
気づくのに時間がかかったなぁ・・・。
 
しかし、まあ、覚悟を決めさえすれば、すべての変化が始まると思う。
自分でいることに覚悟を持つことを決めたら、
人前で何かすることに対して、恐れが出てくることはあっても、恥ずかしさみたいなものがまず消えたし。
これは大きな収穫だったよ。
なので、このたびも、まず、覚悟を決める。
そうそう、神は細部に宿るというが、
細部に宿るのかもしれないが、
細部に好奇心を持って注ぐ視線の中にいるのだとも思うのですよ。
好奇心を持って観る、というのは、愛あってのことですからね。
 
楽しむことを恐れない。
楽しいことは怖くない。
第一、これ、怖いかも、という時は変化のサインでもあるから
そっち行ってしまえばいいのだ。
人生は変化の連続だ。
このゲームを、ただ楽しもう。
楽しむために生きているのだ。
 

ずっとやりたかったことを、やりなさい。

ずっとやりたかったことを、やりなさい。

これ、もうすでに効果が出てきていて、アマゾンとかでもやたらに評価がいいので別にいいんですが
全部のワークが終わるのに12週間もかかるんだよなぁ。
まあ、30年近くかけて固めた先入観のゴミを整理するのに3カ月で済めば、そりゃもうけものだろうけど。
自分がせっかちだと、よくわかりましたよ/笑。