言葉

02思想として読むということ
思想として読むってことは、それが信仰にまつわることであれ、自然科学にまつわることであれ、宗教と宗教でないもの、信ずることと信じないこと、そういうことの境界を踏まえていることだと思います。信じないということと、信ずるっていうことの、境界を絶えず出入りできるという、そういう場所で考えるのが、あらゆる思想にとっていちばん重要なことではないでしょうか。

質疑応答3
現実的には自分にそむくけれど
本質的根源的には自分にそむかない考え方はある
ほぼ日刊イトイ新聞 - 吉本隆明

これを、探しているというか、
これをすべてに見て、示し、自分自身がそのものとして在りたい。
しかし、千年も残る言葉を残すような人物は非常に稀で、
こういった人間を産むのは人間という種として難しいらしい。
しかし、すべての要因がなにかそのものとしてあるものを産むのだとしたら、
そうした人物を産む、土壌になることはできるのではないか。
土壌として、人間という種に使われる、消費される覚悟を持てば
よい肥料になれるのではないだろうか。

強いことは
ある種の鈍感さであり
弱さは
ある種の敏感さです
 
両方を兼ね備えているのは
竹のような「しなやかさ」
STUDIO BURABURAかものはし日記

HSPかいなw
この竹のようなものを得るには、覚悟一つでいいのではないか、と最近思う。
 
この日の翌日、蛇足の話がある。
年賀状で何枚か絵を描いて気付いたが、
私は、物凄く蛇足をつけすぎる。
つまり、やめる覚悟、自分の限界、境界を認識する覚悟が足りない
と判明した。