ヘラ

ぼんやりしていたら、前世のようなものを見た。
前世CDを聞いたときと同じ状態だったのだろう。
 
私は、茶色い髪、灰色の目の女だ。
恋人がいて、相手は金髪だった。
私達は地位が高いらしい。
彼は私の夫なのかもしれない。
彼は、戦いに出ようとしているところだった。
戦士の、中間管理職か、何か上のほうの人物らしい。
ギリシャ神話の人が来ているようなすその長い格好を私はしている。
戦いに出る恋人のところへ行き、私は「ご武運を」と言い、抱き合った。
彼は私の前に膝まづいて、「女神ヘラと同じ名の貴女の祝福を、私に」といい、私を見上げた。
私の名前は、ヘラと言うらしい。
両手で私は彼の頭を持つようにして、額を私の心臓あたりに当たるようにして、
「すべての祝福があなたと共にありますように」と祈った。
そうして、恋人は戦いに出ていった。
神輿のようなものに乗っていった。
もしものことはあるかもしれないが、彼は指揮官なので、きっと最後まで生き残り、
戻ってくるだろう、と、私は思っていた。
私を愛しているのなら、戻ってくるだろう。
 
待っていた時のことは、あまり出てこなかった。
戦いの期間自体が短かったのかもしれない。
二人用のベッドの上で、一人で寝具をかき集めるようにして眠ったりしていた。
恋人が、戦いに勝って帰ってくる、という話が耳に入った。
何人の人を殺したのだろう、とは思いながら、生きて帰ってくることは本当に嬉しかった。
自分の侍女らしい人に止められながらも、通りに出て彼を迎えた。
行きと同じく、神輿に乗って彼は帰ってきた。
神輿には、少し浅黒い肌の黒い髪の少女が、一緒に乗っていた。
手を振り、笑顔のまま、私は血の気が引く思いがした。
 
恋人は、私の灰色の瞳を褒めた。
「ヘラは、神の名のままに完璧だ」と言った。
連れてきた少女は、戦った相手の国の娘で、「拾ってきた」と彼は言った。
私にはない、彼女の快活さや、身のこなしの軽さ、美しさを彼は私に語った。
以前のままに、恋人は私を愛していると言い、閨も共にし続けていたが、その少女を連れて回った。
「妹だと思って、大切に扱えばいい」
と、彼は言った。教育、身の回りの世話は私に頼んだ。
私は嫉妬で頭が割れそうだった。
けれど、彼に対する愛情は変わらなかった。
少女は少女で、敵国に、家族を殺したかもしれない相手の国に連れてこられて、不憫で、
苛めたりするような気持ちにはなれなかった。
何故彼は、このような仕打ちをするのだろう、と一人何度も泣いた。
私は多分、以前よりも影のある顔をするようになっただろう。
 
少女を、私は手厚く教育した。
彼女だって、被害者なのだ。私にまで憎まれたら地獄だろうと思った。
そうするうちに、少女は私のところへ一人で来るようになった。
そのうち、少女も苦しいような、微妙な顔をするようになった。
聞くと、恋人から「口止めされていたけれど・・・」という感じで言い始めた。
 
少女は、恋人が私に嫉妬させるために連れ歩いているのだ、と言った。
「ヘラ以外は、愛の対象としての女ではない」と言っていたそうだ。
そして、恋人は私のあらゆる表情、全ての姿がみたいという思いで、
私を苦しめているのだ、と少女は言った。
冷えてゆく私の瞳を見ることが、喜びに満たされていると同じように見たいと、彼は言ったらしい。
そんな恋人が、少女は怖い、と言った。
少女は言ってみればただ、私のために連れてこられたのだ。
 
そのうちに、私は妊娠した。
彼は私の妊娠を喜んだ。
私は、戯れに少女が妊娠させられるのでは、と言うことを怖れた。
少女の話を聞くようになってから、私は彼の前で、少女を見えないもののように扱った。
居てもいなくても、私は変わらないという態度を示し続けた。
少女は、非常に利発で、素晴らしい人格の持ち主だった。
彼女を、戯れに私たちの人生に使うことはできない、と決意した。
 
けれど、こんな男を私は愛しているのだ。
どうしても、愛しいのだ。
私は、苦しみながら、恐れながらも彼を愛する、と思った。