受け入れてから、始まる

先日、よくわからない縁で知り合った
よくわからない先生に誘われて
よくわからないフィールドワークに参加してきました。
よくわからなかったです。
 
ちゃんちゃん。
 
 
ではなくて!
うーむ。
視点が様変わりしたわ!私。
と思いました。
恐ろしいほどに・・・。
私が変化したから、こういったイベントに遭ったのかしらと思った。
 
色んな事を考えた。
色んな事を感じた。
 
この、よくわからない先生が私を誘ったのは、
私が他のセミナーみたいなやつで発言していたのを聞いていたためらしい。
自分のフィールドワークでも、新しい視点を持った積極的な人間から
既存の枠組みを打破するようなエネルギーを!という要求らしい。
ううう、
めんどくさ〜い。
きもちわる〜い。
この先生は凄いコントローラー(他人を操作しようとする)で、
その能力も高く、無意識ではないので、怖い。
そして、善意のコントローラー。
「俺に従えばみんなハッピーなのじゃ!うはは」
みたいな。
萎えるぜ。
 
その先生の傍にいた学生さんたちは、
この先生のコントロールに気付いていないようで気になったけど、
まあ、プロセスは人それぞれだからなぁ・・・。
この度は、特に何も言うまいよ、という。
言えないし/笑。
ま、どんなコントローラーと一緒に居たところで、
自己価値を相手に預けなければ、大丈夫なんだけどね。
 
政治力がある人というのは、こういう人なんだなというのを目の当たりにした。
政治力がある人というのは、魅力的に見えるのかもしれない。
ちなみに手相がますかけだった(手を振って話をするので見えた)。
この、他人を操作する力というのが政治力なんだろうか。
だったらやだな・・・。
こんなこと言ってる私は、偉くならないだろう(ならなくていいだろ/笑)。
 
恐ろしいのは、癖や習慣だな、とも思った。
もう、他人の型に嵌って褒められて、真の自己からぶれて
自己価値低下、
なのでもっと他人の言うままにならなくては!
そして自己価値更に低下
といういやなループには嵌らんぞ〜!!
と思っていたのに、
「ほめられたい子さん」が出現してびびったよう。
なんだか変な違和感が一緒に浮き出してきてくれたので、
「あああ、こりゃ、私が『こうありたい』って思う自分とは違うナリ」
と気づくことができたので大丈夫でしたが。
恐ろしいなぁ。
まあ、煽てられて木に登ってから、周りを見回して良さ気なところにジャンプ!
という手もあるのだろうけれど。
煽てられてると気付いて煽てられていれば、なにもないのだが。
きっと、煽てられていることに気付かないときは、
そこに持ち歩いている自分の過去の傷があるんだな。
その傷を修復するために、敢えて酢を垂らす、みたいな(痛い)。
でもなー、
そんな無理な修行みたいなことをしなくても、
ただ人生において目を見開いて、
執着せず、
心を開いていれば、
きっと傷は癒え、
去っていくのだろう。
 
それにしても、コントロールしようとする人の悲しさみたいなものも感じた。
思い通りのコントロールができないと、凄い悶え苦しむみたいだ。
「私は正しいのに、なんでこうならないんだ!正しいのは私だ!」
みたいな。
あんたが正しいんなら、私も正しいのよ
なんて言葉は、とても耳に入りそうにない。
新しい視点やカテゴリーなんて、正しくないものとして目に入らないんだろうなぁ。
「これは、今は兎に角こういう形なんだから、受け入れよう」
という姿勢がないと、そのものの持つ本来の特性も見えなくなるのかも。
そうやって見過ごしてきたヨキモノが、私の人生にもどれだけあるんだろうか、
と、そのよくわからにゃい先生を見ながら思いました。
「今の学生は軟弱だ!同じ人間とは思えない」
などという話を、わからな先生(あだな/笑)から聞きましたが、
その先生たちの世代というのは、もっと上の人たちに「新人類」などと言われていたのよ?
どの時代の人だって、その前の世代の人たちに「変」と言われてきたのだ。
そして、どの時代の人だって、確実に前の世代の人たちの影響を受けている。
「変」な人たちを、自分で育てているんだわ、無意識にしろ。
と、思った。
だから、どんなにおかしくても、新しい人というのは、古い人の望む形の顕現の一つなのだと思う。
たとえば、両親にとっての私がそうであるように。
 
人生はいつも、予想外になるようにできているのかもしれない。
もしくは、予想できるにしても、それが表層意識で認識しないように、自分でコントロールしているのかも。
本当に、コントロールできるのは、他人じゃなくて自分自身で、
それは表層意識の自分ではなく、
深層の、本当に深いところの自分が
本当に善い人生を生きるためにしか、発揮されないのではないか、と思います。
 
人は変えられないし、変えない、
人は治せないし、治さない、
という、カウンセリングの本*1にあった言葉を思い出した。
 
 
色々気付かせられた。
参加して良かったな。
 

*1:参考図書(何巻か忘れてしまった!/汗)